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復興のため、今こそ「政治の出番」

私は、自民党選対局長として、統一地方選挙の対応に追われていましたが、遅まきながら、全日本幼稚園PTA連合会長として、被災幼稚園のお見舞いと現場の視察に行ってまいりました。

5/2[月] 宮城県石巻市へ

写真 東北新幹線にて仙台に入り、タクシーで石巻市へ。途中、車窓からテレビで何度も見た津波の猛威がまだ残っています。瓦礫の山が眼前に迫る中を、最初の視察現場、石巻第二みづほ幼稚園に約一時間で到着。
みづほ第二幼稚園は、海から約一キロばかりのところ。地震発生から一時間後に津波に襲われたという。残された掛け時計は2個とも午後3時50分辺りで止まっていました。
園の建物は鉄筋の二階建てでしたが、骨格、間仕切り等残して跡形もなく流されています。園児送迎のバスは家に送り届けて園に帰った時に津波到来を受け、園の玄関に激突して大破し、運転不能に。
居残った職員と園児30人ばかりは、屋根に避難して命拾いしたが、夜は降雪のなか何処にも移動できず、明け方自衛隊の救出を受けるまで大変な思いをしたとのこと。
写真 今後の再建は、まずは石巻市の都市再建計画が出来ないと何ともし難い話です。全力でのご支援を園長先生に約束してここを後にしました。 東北新幹線にて仙台に入り、タクシーで石巻市へ。途中、車窓からテレビで何度も見た津波の猛威がまだ残っています。瓦礫の山が眼前に迫る中を、最初の視察現場、石巻第二みづほ幼稚園に約一時間で到着。
みづほ第二幼稚園は、海から約一キロばかりのところ。地震発生から一時間後に津波に襲われたという。残された掛け時計は2個とも午後3時50分辺りで止まっていました。
園の建物は鉄筋の二階建てでしたが、骨格、間仕切り等残して跡形もなく流されています。園児送迎のバスは家に送り届けて園に帰った時に津波到来を受け、園の玄関に激突して大破し、運転不能に。
居残った職員と園児30人ばかりは、屋根に避難して命拾いしたが、夜は降雪のなか何処にも移動できず、明け方自衛隊の救出を受けるまで大変な思いをしたとのこと。
今後の再建は、まずは石巻市の都市再建計画が出来ないと何ともし難い話です。全力でのご支援を園長先生に約束してここを後にしました。

名取市へ

車で石巻市から約一時間で名取市へ。
写真 閖上(ゆりあげ)わかば幼稚園の惨状も言葉にならないくらい。園舎がホールと三教室残して流失。園児4名、職員1名死亡。バスは使用不能。
ここも海岸から約一キロのところですが、PTAから贈られた創立記念の掛け時計は、3時5分くらいでとまっていたから、こちらの方が津波は速く来たことになります。またここも何度もテレビで放映されたところですが、このあたり一面壊滅状態です。町作りからやり直さなければなりません。
周辺道はまだ通れるもののガレキの山が残る状態。車や船の残骸が散乱し、遠方に見えるお寺の墓地から流れたと思われる墓石があちこちのガレキの中で黒く光って見えました。所々にお花が手向けてあり、それらに手を合わせながら、幼稚園の再建、この町の復興の早からんことを祈って、仙台駅へ。 車で石巻市から約一時間で名取市へ。
写真 閖上(ゆりあげ)わかば幼稚園の惨状も言葉にならないくらい。園舎がホールと三教室残して流失。園児4名、職員1名死亡。バスは使用不能。
ここも海岸から約一キロのところですが、PTAから贈られた創立記念の掛け時計は、3時5分くらいでとまっていたから、こちらの方が津波は速く来たことになります。またここも何度もテレビで放映されたところですが、このあたり一面壊滅状態です。町作りからやり直さなければなりません。
周辺道はまだ通れるもののガレキの山が残る状態。車や船の残骸が散乱し、遠方に見えるお寺の墓地から流れたと思われる墓石があちこちのガレキの中で黒く光って見えました。所々にお花が手向けてあり、それらに手を合わせながら、幼稚園の再建、この町の復興の早からんことを祈って、仙台駅へ。

5/3[火] 福島県いわき市へ

写真 朝9時発の東北新幹線にて郡山へ。タクシーに乗り換えて一時間余りでいわき市に到着。園舎が津波で全壊した久之浜(ひさのはま)幼稚園へ。園児一名が亡くなったと聞きました。
この幼稚園の再建も、昨日の名取市と同じで、この町の再建策いかんで決まってきます。その間、国や地方自治体が支える以外には方法がありません。
久之浜幼稚園から次の平第2幼稚園へ移動するまで、薄磯、豊間地区の津波の状況を視察しましたが、瓦礫のかたずけはこれからと言う状態でした。
確かに瓦礫の山の中には、バイオマス燃料や木材チップになるような廃材がたくさん見られました。これらの有効利用も必要なことです。
写真 危うく津波の難を免れたお料理屋さんで朝食をとった。ここにも、「がんばっぺ!いわき!!」が目につきました。特に福島県にとっては原発問題が大きくのし掛かっています。幼稚園の状況をみても、原発の影響をうける幼稚園は、 福島第一原子力発電所から20キロメートルの「緊急的避難準備区域(立入禁止)」と30キロメートルの計画的避難区域、その周辺の40キロメートルを合わせると120余りに及び、園児数も三千三百名になります。すでに三千名は、県外に移住したとのことでした。
被災をうけた福島県や宮城県では、町全体で圏外に移転したところもあるようですが、いずれにしても原子炉の収束いかんにかかってきます。チェルノブイリは事故発生からすでに25年が経過していていますが、まだ住めない場所もあると聞いています。福島県でも住めない地域がでるかもしれません。
写真 住むか住まないだけでの問題だけでなく、農業、漁業はどうするか等々、国が早急に方針を打ち出さなければならないことばかりです。福島県は今、地震、津波に原発放射能、風評被害の四重苦に立ち向かっています。
まさに、百聞は一見にしかずでした。想像を絶する津波の猛威の前に人はただひれ伏すしかないのかとその無力さを感じながらも、それを乗り越える力をどうして呼び起こすか。そのためにも、政治の出番なのだと思います。とにかく迅速な対応が必要だ。野党である事がじれったいですが、現政権与党に的確かつ迅速な対応策を強く望んでまいります。


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