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山本さんはこの度、株式会社へ改組されたそうですね。おめでとうございます。山本さんの事業については、マスコミ等の報道で以前から注目しており、こうしてお話しできることを楽しみにしていました。
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ありがとうございます。19才で起業し、10年がたちましたが、やっとスタートラインに着くことができたという思いです。
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日本は国策として、創造産業技術立国を目指す必要があり、元気の良いベンチャー企業の出現を待望しているわけですが、地元の宇部市から誕生したことを非常に喜ばしく思っています。少し、事業概要を聞かせて下さい。
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元々、住宅工事の足場を組む仕事をしていましたが、外壁補修の際、塗装が終わった時点で、足場を外します。この時、施主の方が、喜ばれていないんですね。綺麗にするための塗装なのに何故?これが、新しいビジネスのヒントになりました。考えてみますと従来の発想では、住宅の外壁が汚れた場合、再塗装をします。しかし、現在は外壁の7割はサイディング材で、この素材には模様や凹凸がありこれを従来の方法で塗装すると、単色で塗りつぶされてしまい当初のデザイン性は失われてしまいます。これでは当然、お客さんの満足は得られません。そこで、考えたのが外壁を薄く削って汚れを取り除き、新築時と同じ輝きを取り戻す方法です。しかも、保護剤を塗ることにより、補修後の寿命も飛躍的に伸びました。
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なるほど、発想の転換をはかった訳ですね。その方法であれば、張り替える必要もなく循環型社会の構築が叫ばれている今、リサイクルの精神にも合っていますね。しかし、その若さで起業していくには、様々な苦労があったのではないでしょうか。話によれば、山本さんは高校を中途退学されているそうですね。
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家庭の経済的事情でどうしても断念せざるをえませんでした。
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それは、大変悔しい思いをされたでしょう。20世紀で学歴偏重主義は終わったという学者もいます。これは、20世紀後半いわゆるエリートで組織された大企業が破綻したことが大きな理由でしょう。山本さんは、その点では、まさに自分自身の力で、我が道を切り開いてこられたわけで、その努力ははかりしれないものがあったことでしょう。
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はい、しかし反対にそのような状況下におかれた自分であったからこそ、このようなスピードでここまでこれたわけで、良い意味で自分を奮い立たせてくれるバネになりました。
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山本さんのところで働く従業員たちは、若い人が多いと聞きますが、彼らも山本さんの精神に共鳴していますか?
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もちろんです。私ひとりではここまではこれませんでした。スタートから一緒に働いている仲間もいます。彼らの中には、いわゆる世間でいう不良と呼ばれていた者もいます。しかし、彼らは目標を見いだせなかっただけであり、確固たる目標のある今、私を支える大事な戦力になってくれています。社員というより、同じ夢を共有できる同志的存在であり、私の大切な財産です。
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それは、素晴らしいことです。今、若者の意識レベルは低下しているといわれていますが、このような時代に、皆が一丸となって目的意識を持ち邁進できている。この事実に私は、教育を専門に歩んできた政治家として大変興味があります。私は、慶応大学の出身ですが、母校の医学部の学生に医学の道を志した理由を聞いたところ、わからないという学生が一割に達するという調査結果がでました。専門職課程を選択しておきながら、このように感じる学生がいるわけですから、世の中にフリーターと呼ばれる若者が増えるのはしかたのないことかもしれません。今日、山本さんとお会いして、若者たちも自分の存在意義を模索し続けているのだということがよくわかりました。山本さんのところにいる仲間は、素晴らしいリーダーに出会うことができ、明確な目的意識の中で自分の存在意義を見いだした。教育現場こそ、リーダーで有るべき教育者の資質が問われているのかもしれません。
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そうですね。先生との出会いというのは、非常に大事だと思います。私自身、中学時代に記憶に残る先生に出会いました。その先生からかけられた一言は、今も覚えています。非常に厳しい家庭環境の中、多少ヤケになっていた私に「お前はいつまでも、こんなことをやっている人間ではない。可能性をつぶすな!」と言った内容の言葉でした。この一言は、どのような逆境下でも自分を信じる力となり、道を照らす光となりました。
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今日は、どうもありがとう。山本さんと対談することで、元気な日本の若者の姿を見ることができました。政治家として、日本の明日を憂うよりも、明日を信じたい。若者が夢を持てる国づくりに、はげみたいと思います。ますますの発展を祈っています。
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