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活動報告

予算委員会で総理への質問にたつ(2月9日)

写真 安倍晋三首相が主導して閣議決定によって設置した首相直属の教育再生生会議が第一次報告で「ゆとり教育を見直す」という方針を打ち出したことから、一部マスメディアがゆとり教育の理念そのものまで間違っていた、という誤った情報を流しています。しかし、教育の目標が学力至上主義に走り、頭でっかちでありながら体力はひ弱く、道義にもとる子弟を育成することにないことは、どんな時代にあっても不易の真理といわなくてはなりません。

ゆとり教育は知力ばかりではなく、体力、道徳力のバランスのとれた人材を育てることを目指し、たくましい人間力を創造するのが目的です。いまから三十年前、大学受験の好成績のみを念頭にした詰め込みの偏差値教育の弊害が目に余るようになったことから、その反省のうえに立って当時の教育課程審議会がスタートさせたのがゆとり教育であることを忘れてはなりません。   ただ、ゆとり教育の実際の運用に当たって教育現場にいささかならず戸惑いが生じ、基礎学力を身につけさせる方法としての強制までも詰め込み主義として排してしまったことは問題です。いま、「百ます計算」で有名な、私も親しくしている立命館大の陰山英男教授は「大学受験に必要とされる知識をわけもなく覚えるのと、さまざまな応用を考える基礎的な部分を覚えるのは、教育学よ、全くジャンルが違うことなのに、それをごちゃごちゃにして、全部がいけないこととし、算数の九九の反復学習までやめさせようとしたことが誤りだ」と、正しく指摘しています。私も全く同感です。

写真 義務教育段階の人間力というのは、基礎学力を一通り身につけることが先決ですから、それに伴う強制、たとえば反復学習さえも何か悪いことのようにとらえ、子どもの自主性に任せるというような風潮を生んだのが今日の学力低下の最大の要因です。   こうした立場に立って、私は二月九日の衆議院予算委員会で、安倍首相にゆとり教育問題をどう考えるか、見解をただしました。首相は、「そもそものゆとり教育についての理念、考え方は間違っていない。再三私が申し上げている通りであります」と明快に答弁したのです。さらに首相は、「基礎的な基本的な知識を身につけたうえで、それを活用して考える力をはぐくんでいこう、そのためにはいわゆるゆとり教育が必要であろうという理念だったわけで、この考え方は間違っていなかったわけです」と述べた。

そのうえで、ただ「現状をみますと、子どもの主体性などを重視するあまり、必要かつ適切な指導が実施をされていなかったり、あるいは読解力の低下や学習意欲、学習週刊が必ずしも十分ではない、など、理念が十分達成できていない状況がみられる」とし、「これまでの経緯を検証しながら、学習指導要領の見直しを進めていくことが重要であろうと考えています」とはっきり答弁したのです。

写真 安倍首相はゆとり教育を否定するどころか、ゆとり教育の目的を達成するために学習指導要領を見直す、と強調しているのです。首相のこの考えは、私や伊吹文明文部科学相はもとよりのこと鳩山邦夫氏や大島理森氏ら文相経験者の主張と寸分も違っておりません。

私はこの衆院予算委員会の場で、昨年、一昨年と教育改革をテーマに視察のため欧米諸国を訪問した際、世界一の学力上位国・フィンランドの授業を見学した体験を披瀝しました。フィンランドではあらゆる教科を通じてものを学童に自ら考えさせる授業を展開しております。自ら考え、自ら発信する。私どもが考えるゆとり教育そのものです。ただ、強いて日本と違う点を挙げれば、教職は社会的地位が極めて高く、教師の質量共に充実していることです。安倍首相も「フィンランドが授業時間がそれほど多くないにもかかわらず、学力向上に成果を挙げているカギを研究する」と約束してくれました。

安倍内閣は昨年、これまでどの内閣も成し遂げることのできなかった教育基本法改正を同法成立後、約六十年経てやってのけたのです。教育上の憲法といわれる教育基本法の装いを全く一新し、新法のもとに国家百年の大計たる教育の再生を目指すのです。たくましい人間力の創造こそ揺るぎなき大目標でなくてはなりません。



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